観たり聴いたり

浮いたり沈んだり

映画『クーリンチェ少年殺人事件』

先日やっと観てきた。

切り口を色々学ぶと多面的に観られる映画なのだろうけど、それよりも今は自分に響いた極めて個人的な感想を大事にして、自分の中で消化していたい。まだ本作を観ていなくてこれを読んでいる人がいらっしゃったら、ここから先は読まずにネタバレも何もなく観た方がいい。「個人的な感想」というものが幾通りも生まれる映画だろうから。

以下私的な覚書、感想。

他人に一方的に期待して一方的に裏切られた気になって一方的に感情をぶつけてしまうっていう、ディスコミュニケーションを真正面から見せつけられてぞっとした。

思春期映画、異邦人の映画、とかいろんな見方がある映画なんだろう。しかし、強く思ったのは、各々が通じ合えないのに通じ合うことを信じたがるけれど、大人も子供もそれぞれがそれぞれにひとりとして描かれているということ。特に思春期の少年少女たちが見せる恋愛模様や人間関係は、社会や立場というオブラートに包まれた大人のそれよりもはるかに冷酷だ。そんな冷酷な感情の発露を経て、痛い目も見て、苦しまなければうまく大人にはなれないのも事実なんだろう。

大陸から台湾に来た外省人の孤独、少年少女の孤独、家族それぞれの孤独、いろんな孤独が相似形を描いてる映画に観えた。今の私的な関心が他者とのコミュニケートのあり方、相互作用、相互理解、成長過程における感情の発露の仕方や他者との関わり合い方、というところに集中しているから、こういう観方になったのだと思うけど、思春期真っ只中に観たらどうだったのかな。全く意味がわからなくて、歳をとるごとに思い出しては少しずつ見えてくる映画だったかもしれない。

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