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観たり聴いたり

浮いたり沈んだり

Rosas Fase 東京芸術劇場 2017.05.03

一昨年の『ドラミング』ぶりにローザス東京芸術劇場。今回は Fase と時の渦が上演されたけど、ケースマイケル本人が踊る Fase を観てきた。

スティーヴ・ライヒの楽曲で踊るダンスだけど、当日パンフのケースマイケルの言葉に「自分の音楽経験を振り付けにしようと試みています」とあるように、いわゆるダンスという言葉や踊りという言葉では表せない世界。音楽経験を肉体を通じ可視化しているのだと思った。Faseはライヒの音楽4曲からなる踊りだけれど、1曲目のPiano Faseは本当に観られてよかったと思う。


Fase - Anne Teresa De Keersmaeker & Michele Anne de Mey

映像でも二人のダンサーとその影が重なったり離れたりする様子はわかるけど、奥行きある舞台を観ると全く別物。ダンサーが舞台奥と手前を移動するときに影の具合が変わるのだけど、ライヒ楽曲で一つの旋律が二つに分かれ違うメロディになったり合わさったりという様子が見える。耳で聴くと同時にダンサーの動きや距離感を通じて旋律が見えるのだ。

二人のダンサーが腕を振り上げターンするたびに翻るドレスの裾はさざ波のようで、こちらに近づいたかと思えば遠ざかる。照明と影は観客の目を惑わせ、二人のダンサーが幾人にも増えたり減ったりして見える。演目が終わる頃には冷静に旋律と動きの関係を観察しながらも、夢中になるあまりトランスのような状態に陥っていた。

これは全く確証のない考察なんだけど、ローザスのダンスは数学や物理をわかる人だとより楽しめるんじゃないかと思う。ドラミングの時も思った。自分は物理の素養が全くないので勘ですが。

先日ヴッパタールのカーネーションも観たけれど、それぞれに違う素晴らしさ。コンテンポラリーダンスは言葉や音楽やあるいは他の何かを肉体の動きによって表すのだなと改めて思った。次は11月のバットシェバが楽しみで仕方ない。

ADDっぽい私が使っている安い腕時計

anonymousk.hatenablog.com

以前このようにアナログ腕時計を買ったことを書いたけど、当時買ったのはチープカシオ。実際腕につけることよりも机上にセットしてる時間の方が長かった。腕につけていると違和感があり神経質になってしまうので。

で、文字盤に12個数字があって秒針もある時計というのは私の時間管理にものすごく役立った。しかしチープカシオではカジュアルすぎる場面というのもやはりあるので、高くなくともぱっと見金属とわかる時計にしなくてはと思い色々と探してみた。

時計にお金をかけるのはなんか嫌なので、予算は5,000円まで。そして前回時計を探した時と同様に

  • 文字盤に12個アラビア数字が表記されてる
  • 長針短針秒針の3つが揃っている
  • 余計な装飾やロゴがない
  • 曜日・日付はなくても良い

という条件で探す。あとシルバーよりゴールドの方が肌馴染みが良く感じるのでゴールドが入ってるもの。で、これを買った

上記の条件を全て満たしていて、私が購入した時3,000円ちょっとだったので価格も申し分ない。文字盤は小ぶりだけど、数字が読みやすいので不便は感じない。高級感は全くないけど、時計って高級感を求めると青天井なので、失礼にならない範囲でちゃんとしてればいいと割り切っている。

プライベート仕事問わず時間管理をする上で、私にとって重要なのは時間の長短の可視化だった。デジタルではただの数字の情報としてしか理解できないけれど、アナログの文字盤を見れば時間が量なり面積なりになって見えてくる。大袈裟だけど生きる知恵だ。

ほしよりこ『逢沢りく』

手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞作『逢沢りく』、遅ればせながら。

ほしよりこさんのインスタをたまに見てるのだけど

www.instagram.com

こんな風に、鉛筆の線に迷いがない。

この漫画はセリフ含めて全編鉛筆描きなんだけど、インスタ以上に繊細なタッチ、高い精度の線で描かれている。かといって、読んでいて負担になったり疲れるような神経質さは感じさせない。

表情の描写が特にわかりやすいけど、ほんの少しでもぶれたらまったく別の心情の顔になるだろう繊細なタッチ。眉間を寄せたり口元を歪ませたり、微笑んだり大笑いしたり、少ない線で様々な表情と心情が伝わってくる。表情だけでなく背中や足元のラインも、心情を語っていて無駄な線がない。例えば、登場人物の後ろ姿を見るだけで表情が浮かび気持ちも感じられる。直接描いていないものまで読み手に届いて、伝わる絵、伝わる漫画という巧さがわかる。

そしてほしよりこさんは書き文字も素晴らしい。力の抜けたような筆致なのだけど、気持ちにぶれがなく、狙った通りに書く手元の精度がなければ書けない文字だと思う。

線が少なく余白で語る絵柄と、頁いっぱいの書き文字とが合わさったシーンは圧巻。食卓を囲む家族の賑やかさ、食器の音まで聞こえてきそうな描写で、主人公逢沢りくとの対比が面白い。ストーリーは逢沢りくの成長譚だけど、周りの大人や子供の葛藤や思いも丁寧に描かれている。

筆者は人の心情を読み取ったり感じたりする解像度のようなものが凡人とは全く違うレベルにある人なのだろう。視覚的な解像度も高くて素晴らしい眼を持った人にしか描けない作品だと思った。

ほしよりこさんのインスタは美味しそうな食べ物がたくさん載っていて、おすすめ。絵が上手い人は字もうまいし、眼が良いから写真も伝わるんだなと感じます。 

逢沢りく(上) (文春文庫)

逢沢りく(上) (文春文庫)

 
逢沢りく(下) (文春文庫)

逢沢りく(下) (文春文庫)

 

黒澤明『乱』

2時間じっとしているのが苦痛なので映画をほとんど見ない。が、先日たまたまTSUTAYAのクーポンが当たったので、黒澤明の『乱』を借りてみた。

  • ピーター、演技は下手だと思ったけど身体で語るのはうまい。踊りも品があるしお小姓らしい軽妙さ。日舞の家元の息子と知ってなるほどと思った。なんとなく「京阿弥」と思い込んでいたら狂阿弥だった。なるほど。真夏の夜の夢のパックみたい。
  • ワダエミの衣装、単なる衣服でなく一小道具として大いに語っている。10年ほど前の『装苑』のインタビューがとても印象的だったんだけど、「日本映画は予算がなくて布をケチる。チャン・イーモウの『LOVERS』など中国映画は予算が潤沢だから布を惜しみなく使って表現できる」というようなことを言っていた。おそらくは『乱』も予算が潤沢だったのだろうなあと思った。一文字秀虎の衣装、布地のはためき方や汚れ方が絶妙。
  • 制作年代的にこういうもん、と言ったところか女性の描写は物足りない。
  • 野村萬斎の鶴丸、笛を吹く指に心細さや恨みが表現され、寂寞とした荒屋にいながら高貴さや繊細さをたたえた佇まい。野村萬斎って目の細さと口元の感じが星野源に似てるな。あの顔って周期的にはやるのかもしれない。だとしたら野村萬斎の息子も安泰だな。
  • 仲代達矢の身体能力はすごいな

聞きしに勝るエンタメかつ純文学ぶり。映画は一人じゃ作れないし、資金の問題もあるし、だからこそできることもあるけれど運に左右されるところが大きいんだろう。その中でコンスタントに名作と呼ばれる作品を撮り続けられたのはやはり普通の人間ではない。

映像表現は全く数を観ていないから、これからいろいろと観るのが楽しみ。今度は『羅生門』借ります。

 

乱 デジタル・リマスター版 [DVD]

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写真と本と生身の体

カメラマンさんと話していた時、「写真なんてうまれて高々100年の表現だから」と言うのを聞いて、そこからぼんやり思ったことなど。

活版印刷も写真も何かしらの技術革新から生まれたメディアで、時の経過で技術が失われたらメディアそのものも失われてしまう。活版印刷も写真もデジタルに置き換わってしまいつつある。反動みたいに「活字の良さ」とか「フィルムの味が」とかいうブームも起こっているけれど、なくなってしまうのは時間の問題。昨今紙の本がなくなるって言われているけど、電書の技術がもっと進めば紙の本は贅沢品、嗜好品になるんだろう。そう言えば小さい頃読んだSFではボードと駒でプレイするオセロも紙の辞書も高級品で庶民の持ち物ではなかった。閑話休題

デジタルデータはデバイスに依存してる、紙は実体があるけど燃やせばなくなる、となるとやっぱり石板(ハンムラビ法典みたいに)と壁画(ラスコーみたいに)最強なんじゃないの?と思った。

ここまで大袈裟な話じゃなくとも、カラープリントが褪せちゃうことで、モノクロ写真より新しい時代の画像が一斉に消えてるんだと聞いたことがある。下手したらカラープリント黎明期の記録がそこだけ抜け落ちるとかなんとか。

ここからは表現や伝達手段の話だけど、吟遊詩人は紙も印刷もなかった時代に口伝で情報を伝達してたんだからすごいとつくづく。だけど文学は言語に依存する時点で伝えられる相手がとても絞られるからなんと窮屈な表現方法かと思う。絵画彫刻も視覚に訴える点でさすが古いメディアだけど、結局立ち返るべきは身体表現なんじゃないかと。

踊り(天の岩戸)とか戦い(オリンピック)って祭祀と密接でとてもプリミティブな表現で、言葉が通じずともなんとかなるし、楽器がなくても体を叩けば音は出るし、とにかく身ひとつで成立させられる。

でこのプリミティブな表現とテクノロジーを融合させようとしてるのがライゾマティクスとELEVENPLAYのやってることなのかもしれない(ライゾマのインタビューとか読んだことないから見物人としての率直な感想だけど)。しかし私見では融合には全く至ってないし、テクノロジーすごいでしょっていうドヤ感が先に立ってる感じで表現として成立してないとすら感じた。これからこの分野はどんどん新しいものが生まれて成熟してそれこそ全く新しい表現のあり方が発生するんじゃないかと思うんだけど、自分が生きてる間に見られるのかどうか。

デジタル技術を利用した表現は頭打ちだって言説もあるけど、それはさておきデジタル跋扈の時勢だからこそ、身体の熱や厚み、質量に回帰というか揺り戻しが来るんじゃないかと思っている。生身の体を見、触れられるのは同じく生身の体だけだ。生きてる時間が全てでそれきりなので、やっぱり身体表現はすごい。

自分が生きてる間に少しでも面白い身体表現が生まれてほしい、それを観たい、という願望を書き殴って了。

ayabambi@2016紅白と、ダンスをメディアに乗せるって難しいなという話

夏から秋口にayaさんbambiさん間で色々あったみたいでお二人での活動を楽しみにしてる身としては本当に揺らされたけど、2016年の紅白も椎名林檎の後ろにいてくれてよかった。

カメラアングル見てると、椎名林檎がずっとこだわってるシンメトリーを強く意識していて、ayabambi自体のコンセプト(彼女たちはそんなこと明言してないけれど)のように見えるもの、もシンメトリーであったり一心同体だけれど違う人間の一対、とかそういうワードから導かれるので、椎名林檎にはやっぱりayabambiなんだなと。

で、今回の紅白にはダンスの有名どころだとイデビアンクルーの井手茂太さんとか菅原小春さんも出たり振り付けたり、土屋太鳳は身体表現力あるなあ女優として強いよなあ、と思わされ、やっぱり星野源のバックはELEVENPLAYだし恋ダンスはMIKIKO先生で、ここに水曜日のカンパネラが出てたら川村美紀子が出ていたかもしれないのに!!と思った。

ayabambiMIKIKO先生は普段からショーやMV、ステージで映える振り付けをたくさんやってるけど菅原小春さんはジャンルが違うわけで、坂本冬美のステージは見てて歯痒さばかり募った。菅原小春さんを全く活かせていなくて、NHKのとりあえず呼んどきました感よ。ほんとうに怠慢でしかない。かと言ってどうすれば坂本冬美の歌が聴けてかつ菅原小春のダンスが伝わるのかというと私もわからない。そもそも無理な話なのかも。そういうわけで年末の締めはもどかしさばかり感じる結果となった。

今年というか今年度末はコンテンポラリーダンス充実してて、横浜ダンスコレクションの名和晃平森山未來世田谷パブリックシアターのピーピング・トム、彩の国芸術劇場ではヴッパタール。来年度のGWは池袋の東京芸術劇場ローザス。忙しい。

あと、昨年Mステに出てたライゾマティクスとELEVENPLAYのパフォーマンスは、カメラアングルのせいか全く楽しめなかった(でもあれってカメラアングルが肝なのでは)。新しい技術としては面白いところがあるのかもしれないけど、それをダンスパフォーマンスと一緒にして楽しめるところまでは昇華されていないと思った。

齢を重ね体が思うように動かなくなればなるほど、身体で語れる人はなんと強いことかと思う。言葉が通じなくとも、特別な道具がなくとも、身体ひとつで語り、伝え、表現できるのだから。

2017年の手帳

2016年はこういう手帳でした


この手帳、中身の使い勝手がよくて、2017年も引き続きこんな感じで、と思ったんだけど、不満を挙げるなら

  • カバーがしっかりしすぎてて重いし嵩張る

という一点のみ。なので同じラコニックというメーカーの、カバー違いにしました。

 

ラコニック 手帳 2017 12月始まり バーチカル レフト A5 ビニールポケット グリーン LALD45-220GR
 
  •  マンスリーの各ページに続いてウィークリーのページ
  • ウィークリーのページは7日間+メモページで見開き
  • 栞のひもが2本ついてる
  • 各月のページがすぐわかるようにページ端に切込みが入ってる
  • 表紙が薄いけど丈夫な素材

この条件は全部満たしてるので満足。さらにペンホルダーとゴムベルトで

カスタムしました。

 

ミドリ ミニクリップペンホルダー ゴールド 82219006

ミドリ ミニクリップペンホルダー ゴールド 82219006

 

 

ペンホルダーはこれ。金属製なのでへたらない。 

そしてこの手帳、カバーの一部が透明ポケットになってるので、気に入ってるポストカードを入れている。気分で変えられるのはいいと思う。

今年はマンスリーのページを使って毎日の体調記録も始めてみた。いまのところこの手帳は自分に合う使い方ができるのでよい買い物ができたと思っています。